ワンオペ ワーママ人事のあれやこれや

アラフォーのワーママで人事です。平日はほぼ完全ワンオペ。働き方/子育て/ワーママ/キャリア/女性のキャリア/働く女性の美容健康 などなどについて

上野千鶴子先生の東大入学式での祝辞からの回想

上野千鶴子先生の祝辞が話題になってますね。

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学

 

上野千鶴子先生を来賓として祝辞を読ませた東大の意図というか意思もすごいな、と思います。

賛否両論あるようですが、私も個人的な経験とオーバーラップする部分もあり、共感もしたし、まだこんな世の中なんだという憤りがフツフツと再燃… な内容でした。

 

私が最も共感しているのはこの部分。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

 

私が大学を卒業して社会に出たのは2000年代前半の就職氷河期でした。

そしてそのときに私も、女性として、「がんばっても報われない」をまざまざと感じたことを、改めて思い出しました。

 

もっとも、私は東大卒ではなく、いわゆる早慶的な私大でしたが。それでも、就活も同級生の男子となんら変わりなくしていたつもりでした。が、そんな私を待っていたのは、

  • とある大手損保の面接が、同級生男子たちはとっくに始まっていたのに、私が呼ばれたのは1-2週間経ってから。そしてそこには私と同じ大学の女性と、少し下の大学群(←大変失礼な表現ながら、この会社がそのように候補者を区分していたという意味で、ここではあえてこのように表現します)の男子学生が集められていた。女性というだけで二軍扱いなのだ、と悟った。
  • とある大手メーカーにエントリーしたら、秘書はどうか?と言われ、面接に行ったら女性ばっかり集められていた。それって勝手にコース違うの?という疑問。
  • とある大手総合商社の英語の試験に、同級生男子と受けに行ったが、その後私にだけ連絡が来なかった。ちなみに私は海外経験もあり英語はできた(なんならその子に私の回答をカンニングさせてあげていた←これはこれでアウトだが)ので、試験の結果だけとは考えにくい。都合よくスクリーニングするための理由にするだけだと理解した。

などなど…。

えーー、まだそんなこと、露骨にやるんだ、、と。

想像してた以上に、明らかに差別されている、と感じました。

 

もちろん、上記の会社でも女性は採用されているはずだし、自分の実力不足だったのだと思います。そこを棚に上げるつもりはありません。

ただ、実力だと言ってしまえばそれまでですが、上野千鶴子先生も触れている医学部の入試不正問題と同じで、違う力学が働いていたことは事実で、確実に機会は平等ではなかったと思います。

当時はまだ今ほど企業も女性の採用には積極的でなく、一定数女性も採らなきゃいけないから一応採る、くらいの温度感だったな、と思います。

 

 

結局、そんなにウェルカムに思われてないところで余計なエネルギーをつかうより、女性でもまっとうに戦えそうなところに行きたいと思い、女性がメインのカスタマであるFMCG系のメーカーに就職しました。

 

今になって思えば、今私がHRの仕事をしていることも、女性のキャリア支援をひとつのテーマにしていることも、このときの就職活動の経験が大きな動機のひとつになっています。 

 

 

 

でも、やっぱり上野千鶴子先生がおっしゃったように、

あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

なのだと感じています。

本当に、両親や周囲で支えてくださった方々あってこそです。

 

先生の言う、ひとびとを助ける、なんておこがましいですが、大学の祝辞でこのようなメッセージを発信しなくて済む世の中になるように、私も何か一石を投じられるようにがんばります。